殻ノ少女

ダラダラと11月に突入してしまいました。とりあえず初心に返って、エロゲの感想でも書きます。
2008年の美少女ゲームアワードで四部門で賞を獲得したInnocent Greyの代表作。敗戦の混沌をいまだ引きずる東京で、探偵である主人公の時坂玲人は、女学生ばかりを狙った連続猟奇殺人事件へと関わっていきます。事件の裏に仄見える絵画「殻の少女」とその絵に瓜二つの朽木冬子という少女にまつわる謎。主人公の恋人を手にかけた連続殺人鬼・六識命の影。果たして時坂玲人は事件の闇を全て解き明かし、絡み合い増殖したパラノイアを祓うことが出来るのでしょうか。気になる方は本編をプレイしましょう。
前述の賞で金賞を獲得しているBGMは勿論のこと、メーカーの代表である杉菜水姫が原画と監督を担当しているため、音楽とCGとストーリーが見事に調和していて作品全体の完成度はかなり高いです。ゲームシステムについては今更なので特に書くこともありませんが、詰まったら素直に攻略サイトを頼るのが吉ですね。
攻略ヒロインが酷いことになっても大丈夫、むしろ嬉しいぐらい方。有栖川、綾辻より乱歩、横溝のミステリーを耽溺する方。そういう人にお勧めの作品です。良作。


ここからネタバレを垂れ流し。
作品の表テーマは言わずと知れた京極夏彦魍魎の匣』。各章のタイトルを『魍魎の匣』のオマージュ元である『挿絵へと旅する男』を書いた乱歩の小説から取っていることから分かるように、ある種の探偵小説の系譜に連なろうという意志がうかがえる。*1
魍魎の匣殻ノ少女というタイトルを比べれば分かるように、魍魎≒少女であり、犯人たちを凶行に至らしめたパラノイアとは「少女」であると考えることも可能だろう、『殻の少女』とは言いえて妙なネーミングであって、生身の少女を「」で囲ってしまうような、そういう欲望こそがこの物語の根底には存在しているわけだ。
湖から向こう側に行ってしまった彼は、ある意味で最もそれを象徴したキャラクターであると言えるのかもしれない。犯人たちが見ていたのは、何処までも「少女」というイデアだったのだろう。
そういう意味でも裏テーマを想定するなら、「欲望の空転」こそが相応しい。実際にこの物語を理解するために最も注目しなければいけないのは、このメーカー作品である『カルタグラ』との物語構造の類似である。
並列に存在する二つの殺人事件と、その二つを裏でつなぐ真犯人という構造。この類似から両作品を比べたときに浮かび上がるのは、『殻ノ少女』という物語における空虚だ。
カルタグラ』において物語の核を握った由良=和菜関係は、『殻ノ少女』では透子=冬子関係というバットエンドに挿入される滑稽な物語へと転落し、物語の最後においては、冬子は冬子であったのだ。という結論が語られる。これは彼女の出生の秘密と合わせて、その自己完結性を表している。秋五と和菜が至ったEDと、玲人と冬子が至る結末を対比してみれば、冬子というヒロインの自律性は明らかだろう。
これは物語の深層にいる六識命が『カルタグラ』で使い捨てられた処女懐胎の思想を語り、彼らを凶行へと駆り立てた「少女」というパラノイアを、物語内の言葉で説明しないことと合わせて、この作品の肩透かしなところだ。
エロゲであるからには、メインヒロインとの幸せな結末が通常はあるものだし、謎解きであるからには、全ての要素がキッチリ説明された方がカタルシスが大きい。それが『カルタグラ』においては達成されている以上、この特異さは意図されたものだと考えざるえない。
物語の最後において、瑠璃の鳥は殻を破り空へと羽ばたき、冬子は物語の中から姿を消す。犯人たちのパラノイアが決して対象に届かないように、プレイヤーの欲望はヒロインに届くことはない。そう考えるのは、あまりにうがち過ぎだろうか。*2
「悲劇だらけの世界を打ち破るのは、少女の微笑みなのかもしれない。」とは公式に掲げられた文句だが、欲望の対象を失った空っぽな物語の外で、彼女は微笑んでいるのだろうか?
人それぞれ問いへの答えはあるにしても、こんな感想を最後まで読んだ人は、書いた私自身も含めて、間違いなく根深いパラノイアに憑かれているのだ。と指摘して、文章を終わりたい。*3

捕捉を書きました。

*1:そこまで『魍魎の匣』のストーリーをなぞる必要があったのかは正直なところ謎だが。

*2:六識命の偽名が、かの有名な精神科医のモジりなことから分かるように、パラノイアはプレイヤーにとっても馴染み深いものであることが示唆されている。

*3:高城ババアにエロシーンが2つもあるのに──と思った人。それもパラノイアですよ。