マイマイ新子と千年の魔法

マイマイ新子 (新潮文庫)

マイマイ新子 (新潮文庫)

年末更新の第二弾。
たまごまごごはんさんのところの熱烈な文章に魅かれて『マイマイ新子と千年の魔法』を見たので感想を書きたいと思います。
素晴らしい映画でした。今年見た映画の中では『ウォッチメン』より上は出てこないだろうと思っていたのですが、正と負という方向性の違いはあるものの、マイマイ新子はそれに匹敵する作品だったと思います。
昭和三十年代の山口を舞台にして描かれる物語は、どこか懐かしく、春風のように自由で爽やかな、優しい作品でした。十年後も見られ続けられるであろう名作だと思います。見る機会があれば、是非にでも見て欲しい映画です。超おすすめ。


ここから戯言を少し書きます。
私はこの映画を見て感動しっぱなしだったのですが、同時に凄く苦しい想いをしました。これは相反する二つの感情が生じたというわけではなく、私にとっての感動が精神的拷問の形を取ったという話です。これは自分としては面白い経験だったので、少し書き留めておきたい。
私がこの映画を見終わって最初に考えたのは、ジブリに感謝しないといけないな。ということでした。それは何故かと言えば、マイマイ新子に出てくる美しい自然の描写、視界の果てまで続く青い麦の畑や、手製のダムを作るときにせき止めた小川の流れ。あるいは、新子たちの遊びの描写、小川の泥にまみれたり、薄暗い防空壕を探検すること。
そういった諸々のものを私は実際には経験したことがないからです。それでも、マイマイ新子の中の出来事が遠い絵空事ではなく、自分のあったかもしれない出来事だと捕らえられたのは、やはり『となりのトトロ』を何遍も見ていたからな気がするんですね。もちろん、他の名も覚えていない作品たちの影響もあるでしょう。
実際のところ、産まれてからずっと東京で暮らしてきた身では、全体の一割も自分自身の経験に引き付けることは出来なかった。それでも私は、青麦畑をもぐる心地よさを理解できるし*1、暗闇を探検することの恐ろしさと楽しさを理解できる。*2
これは全部、今まで手に取ってきた物語のお陰です。だから、私はその象徴として映画を見ながら『となりのトトロ』を思い浮かべました。そして、このことが感動が精神的拷問の形を取ったことの原因でもあります。
映画のはじめの方で、主人公である新子が、自分の住む場所の来歴をなぞっていくシーンがあります。そのシーンは結局、新子の住んでいる世界を上からの俯瞰図で見下ろして終了するのですが、これと同じことを私はすることが出来ないと感じました。
都市圏にいると自分の住む場所を俯瞰図で把握しようとしたとき、新子のいる麦畑とは勝手が違い、とにかく視線が建物に遮られて、生活圏の全体像を把握することがまず不可能です。私たちは、自分たちの視覚情報をすぐさま地図に接続するような生活しか出来ません。私はそういう生き方をずっとしてきた訳で、それに何の不満もないのですが、ただ新子のように土地と身近であれたら楽しいのだろうなと思うわけです。
あるいは、新子たちは学校の方針から素足で校内を闊歩しています。別に足が土にまみれるような生き方が、唯一無二の尊い生活であると主張するつもりはありません。作中でも描かれているように、土の道では自動車は安定して走れなくなります。都市の道がアスファルトで覆われているのは合理的だし、私自身、そこで快適に暮らしているのだから文句の付けようもありません。ですが、映画を見ながら、十年以上茶色い土を踏んでいないという事実に気づくと何とも言えない気持ちになるわけです。
つまり、この映画を見て私が何よりも感じたのは、この映画に描かれる感動的なシーンと自分の生活との間に存在する断絶でした。私の生きる世界は便利で豊かさに満ちていますが、もはや千年の魔法は存在する余地がありません。新子が行なっていたように、土地の歴史をなぞりながら、道を歩むことは私には出来ないのです。
私は千年の魔法が消え去った世界で生まれ、その中で生きてきました。千年の魔法が時と人と自然が織り成すものである以上は、私が生きている間に物語ではなく現実の生活で千年の魔法を感じる機会はまず存在しないでしょう。
私がこの映画に見たのは、もはや手の届かない美しいものでした。それでも、作品の中にキャラクターたちの生活に魅力を感じたからこそ、それは失われたものを悼む悲しみを持ちました。だから、私にとってこの映画は精神的拷問でしかありえなかった。
その苦痛のような悲しみを、どうにも持て余してるので、こんなことをダラダラと書いたのですが、よく分からなくなって来たので戯言終わり。失われものの立場から世界を見るのも大切である。とか、言うのは簡単だけど、実際にやってみると苦しいって話でしょうか。
後で直すかも。

*1:麦の重さ、匂い、手触り、どれも想像することすら出来ないのに。

*2:ダンジョンなら得意ですよ。