『惑星のさみだれ』についての雑記
- 作者: 水上悟志
- 出版社/メーカー: 少年画報社
- 発売日: 2009/04/30
- メディア: コミック
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この物語は、世界を砕こうとするアニムスという破壊神と、それを阻止しようとする姫アニマと十二の獣の騎士たちの戦いを主軸に展開されています。その上で、主人公である「トカゲの騎士」雨宮夕日と「姫」の霊を宿す朝日奈さみだれには、自らの手で地球を砕くという野望が存在している。というのが、作品の基本的な構造です。
この漫画の問題として、主人公とヒロインの世界破壊を介しての主従関係の説得力無さがよく挙げられているのですが、これはある意味でもっともだと思います。何故なら具体を欠いた抽象的な関係、セカイ系作品における主人公とセカイとの癒着関係こそが、『惑星のさみだれ』という物語の最終局面での主要なテーマであると考えるからです。
敵であるアニムスというキャラクターは人の身ながら破壊神として生まれ、世界を砕きながら時間遡行しているとされています。つまり彼は存在そのものがバットエンドなんですよね。バットエンドを迎えた未来から来訪者が来た場合の目的というのは、普通に考えれば別の可能性の探求ですが、アニムスが特異であるのは、彼こそが否定されるべき可能性そのものであるということです。
彼の時間遡行が、世界の終わりを否定せんとする愛によるのか、自らを破壊神へと位置づけた世界への憎悪から来るものなのかは定かではありません。少なくとも明らかなのは、彼が自らの運命を粛々と受け入れることを拒否したということです。それは否定されるべきものなのでしょうか。ただ彼は世界は諦めることが出来なかっただけだというのに。
作中での解答はまだ少し先のことですが、アニマとアニムスという名前からしても、世界を愛するが故に砕くのだという姫の言葉からしても、これこそが夕日とさみだれの関係すらも貫通する作品のテーマではないかと私は思うのです。*1
物語論的には、肯定されるべきセカイへの執着を求めて。と言ったところでしょうか。次はもう少しまとまるように頑張る。
*1:「我」の通し合いに堕する可能性はありますけど。