アイアンマン

『アイアンマン』見てきました。上のタイトルに少し誤謬があって、正確には「カッコイイ暴力が嫌いな男子なんかいません!」というのが、この映画の言いたいことなんじゃないかと思ったりします。
とにかくプロトタイプを経て完成したアイアンスーツのメカニックな装着と、内部搭載のインターフェースを駆使しながらの夜間飛行を見て、アイアンマンが最高にクールだと感じられない人はこの映画で損をしている。だって映画のほとんどの登場人物は、アイアンマンを見た瞬間に魅了されちゃうんだから。
この物語には主人公と対立する三人のキャラクターが登場するんだけど、一人目はプロトタイプを見ただけで、アイアンマンの鉄人兵団を作って世界征服とか根拠の全くないことを言い出し、二人目はスーツの装着シーンを見て二号機には俺が乗ると呟き、三人目は主人公の考え*1に反対してアイアンマンを支えるテクノノロジーアメリカに覇権を取り戻させるはずだったのに、スーツを着た後で、俺こういうの嫌いだったけど、やってみると楽しいもんだね(要約)と、恥ずかしげに語る始末。
これだけだとヒーローの正当性を全く疑わない古典的な作品にも思えますが、この映画では、アイアンマンにメロメロな男陣に比べて、ヒロイン達はアイアンマンの魅力に全く反応しないんですよ。
例えば、主人公が敵と戦ってるときにヒロインに爆発のスイッチを押させようとするシーンがあるんだけど、死ねばもろともと思ってる主人公は、ヒーローのロマンにひたってるのに、それを理解しないヒロインが主人公が巻き込まれるから押そうとしないわけです。その問答が妙に間延びしてて実にシュール。
だから結局、アイアンマンって男の子に魅力的なオモチャってことなんだよね。それで物語は完結するけど、アメリカの現実は・・・というのがこの映画唯一の毒なのかなとは思います。自分がアイアンマンのかっこ良さにシビれているほど、胸の奥に染み渡るそんな毒なのかと。
あとEDの最初に終わりに、最後にもう1シーンあるから離れないでね的なことが書いてあって軽くショックだった。まあ、立つ人はいるけど、それは自己責任だしなぁ。しかも完璧にアメコミのネタなので、普通の人は次回作でビッグ3の残り二人が!とか思わないぞ、たぶん。

*1:アイアンマンの力で世界から兵器を根絶する。