嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん-幸せの背景は不幸-

今年は、ラノベを意識して読もうと思い、とりあえずヤンデレで有名なこの一冊に手を出してみる。
やっぱりと言うべきなのか、西尾維新の影が頭にチラつくことはチラつく。まあ、西尾維新森博嗣のオマージュでデビューしてるわけだから、別にそれ自体に文句はない。西尾作品から形式性みたいなものを差し引いて、身体性を付与すると、こういう作品が出来上がるんじゃないかと思う。
それを良しとするか悪しとするかは、感性の問題で、個人的には形式性が好きなんですが、ヤンデレの魅力をある種の純愛だと考える人には、素直に楽しめる作品なのかなと。
饒舌な一人称が嫌いではなくて、多少のスプラッタに耐性があれば、読んでみるのも一興かとは思います。読後感はさっぱりしてるしね。




ちょっとポエムすると。
この作品世界に乾いた笑いを浮かべてしまう私は、きっとどこかで素直にラノベを感受する資格を失ってしまったのだろう。
この作品にある救いの全ては、世界の狭さからやってくる。私はその歪んだ箱庭を見た瞬間に、どう壊し、どう突破するかを考えるひねくれた人間なのだ。
だが、この箱庭はたぶん壊れないだろう。人が人を丸ごと引き受けられるという甘ったるい幻想を伴う限り、箱庭は内側に折りたたまれる運命を甘受するように私には見える。
もし運命が覆るとするなら、それは欺瞞である。どれほど生贄の羊を捧げても、空の意思は変わることが無いように、肉体の痛みは精神の傷の代価とはなりえないのだから。
戯言だけどね。
次はネリア様にチャレンジしたいけど、その前に(仮)を取って清々しく二月に入る予定。