マルタ・サギーは探偵ですか? (5)探偵の堕天

野梨原花南の全作品中で考えても、これが普通の小説としては一番面白いかもしれません。このシリーズは巻を重ねるごとに面白くなっていく印象がありますね。ただ、コバルトの『ヘブンリー』とか『魔王』シリーズにおける野梨原花南おなじみの、流れるように面白くない小説を考えると、次回で急転直下する可能性も否定はできませんが。

25歳の僕は、絶望なんてしない。眼鏡をかけるようになっても。名探偵時代の服が着れなくなっても。そんなのは、絶望じゃない。だから、僕はいつかオスタスに帰ると、決めている。七年前から、ずっと。

繊細な小説だ。
容赦無く過ぎていく時間の中で、ただ一人で想いの為にあがく主人公と、そんな彼の周りにいる優しい人々の話。この物語は核心は、二重の悲劇にあると言っていい。
一つの悲劇は、主人公と他の登場人物との立場上の相克にある。彼らがそれから目を逸らし、歩み寄り始めた瞬間から、物語は終焉へと加速を始める。
主人公の想いが純真であり、彼の周りの人々が誠実であるが故に、終焉は美しい悲劇へと昇華する。
そして、読者はもう一つの悲劇を知ることになる。物語が幸せな結末を予感させた時、悲劇はもはや悲劇ではなく、大きな喜劇の一部に過ぎない。名探偵の誓いの言葉とは裏腹に、彼の存在が彼らの悲劇を忘却の彼方へと追い込むのだと。