何故、巴里は閉鎖都市なのか。

早いもので明日はもう十一月です。月末までと書きつつ諸事情で本文が完成してないのですが、あんまり伸ばすのも問題があるので、前振りで『閉鎖都市 巴里』の世界観について少し書きます。
公式の紹介にもあるように巴里は二重に閉鎖された都市です。一つ目の閉鎖は、言詞爆弾のよって起きた1944年の1年間を永劫に繰り返す循環。もう一つは、循環の起こる前から存在した

英国のように己を隠すのではなく、手記にもって自らを世界に伝えなければならぬ義務を持った都市。そして、情報を蓄え、進化する都市。
この都市は閉鎖都市ー巴里と呼ばれる。

と上巻の「失われた世界」で表現される都市としての特殊性です。
しかし

最も安全に己の情報を作り、秘め、そして発信できる結界。

によって囲われた文字世界を有する巴里が、具体的にどう閉鎖されているのかが、凄くイメージしづらいんですよね。
昔、何で文字世界に地図が存在するのかと友人に聞かれて、当時の私は問われた日に答えられなかったものです。*1
まあ、改めて理解しようとして読めば、理解不能な世界観では無いのですが、流石は川上稔、分かりやすく説明する気が無い上、理解しても本作の読解にほとんど役に立ちません。*2
分かってる奴だけ分かってればいい的な態度が全開です。


さて、この世界観が理解しにくい理由は幾つかありますが、最大の理由は物語の初っ端の大切な説明を、ベレッタの思考スピードでの垂れ流し文で始めることにあるのは間違い無いでしょう。しかも、日常シーンは全て日記形式で処理されるので、どういう視野で生活をしてるのかが、凄く分かりにくいというオマケ付き。
ですが同時にベレッタの最初の一連の説明のみから、一つの解を見出すことは可能です。
要点は一つ、詞認筆は外燃詞の一種だということ。
これと閉鎖という言葉から導かれる巴里の根本的な性質は、一人架空都市だと考えて、ほぼ間違いないだろうとは思います。
川上稔好きなら、これだけで意味の大半は理解できるとは思うのですが、とりあえず細かく説明を。
つまり、巴里内の存在は、それぞれが個別のパーソナルな文字世界を持ちます。このパーソナルな文字世界(以下、文字世界)の中で、詞認筆も加詞筆も行われるわけです。
ここで注意しなければいけないのは、文字世界の全体が「己」と常にイコールだということ。
どういう意味かと言えば、仮に「足を一歩前に」と文字世界に詞認筆した瞬間に、「己」も足を一歩前に出した存在として再構成され、同時に可能なら足を一歩前に出すわけです。そして「足を一歩前に」という詞認筆は、文字世界の何処かに留まり続け、「己」の一部を構成し続けます。
今度は「波の音、潮の香り、海の青さを感じる」と文字世界に加詞筆されたと考えましょう。この場合、再構成された「己」は、波の音を聞き、潮の香りを嗅ぎ、海の青さを既に見た存在として構成されます。だから、地図を見ることも出来るわけです。
なので、この巴里という都市は、多少は人の動きがカクカクしてるかもしれませんが、個人の視点では私達の日常と変わらない世界なんですよね。
オンラインゲームで画像処理のレスポンスと操作の間に多少の誤差があるのを想像して、それが自分の日常になった場合を考えると分かりやすいかな。*3
けど別の面では全く違うとも言えます。何故かと言えば、文字世界なわけですから。もし巴里を第三者視点で俯瞰できるとすれば、仏蘭西という巨大な文字情報体と個人の小さな文字情報体が各々にパラレルで情報交換をし続ける世界が見えるはずです。仏蘭西に存在する実体は、文字情報を元にして仏蘭西が再構成してるわけですね。結界内から出さなければ、再構成する必要もないわけですが。
それに加えて、この世界では「意志」というものが存在しません。あるのは「意志する」という行為だけです。語りえぬものから、語りえる部分を選択することによって己を作ることを常に強いられる。そして他の誰も選択を助けることは出来ない。そんな厳しい閉鎖世界を抱いて住人は生きてるわけですね。*4
嘘みたいだろ、説明にこんなに手間がいるのに、こんなの理解し無くても本編は面白いんだぜ。
とりあえず、こんな所か。
言い訳をすると、加詞筆の限界を何処に置くかがネック。「第三者的」をどう解釈するかで、個別の文字世界の範囲が小さくも大きくもなるし、操作性が一切不明なのは処置無しな気がする。

*1:モナドがとか言って思考放棄してた中二病真っ最中の自分には良い薬ではあったのですが。

*2:読み方によるとは思いますが、個人的には「、」と「。」の話と呼応してるんだと個人的には読みました。

*3:プレイヤーに当たる存在を考えるべきか迷いますが、生粋の巴里っ子と異邦人の差を少なくするために、遺伝詞に頑張ってもらうのが得策かとは思う。

*4:ある見方をすれば、これは私達の日常と変わらないんだけど。