エンジン・サマー

エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)

エンジン・サマー (扶桑社ミステリー)

読み終えて、かなりビックリした。その結末にも勿論のことだが、かつてこの小説を読んだことをすっかり忘れていた自分にだ。読み終わった人なら分かる思うが、この二つの相乗効果というものは凄まじく、望めるなら皆さん是非やって欲しい。まあ、それは抜きにしても素晴らしい作品である。
人類が頂点を極めた後、その多くを失った未来で、主人公である<しゃべる灯心草>*1はその名前のように一つの物語を語り始める。それは彼が歩んだ人生の軌跡であり、失われてしまった世界の記録であり、何よりも一人の少女を追いかけた少年の物語だ。
物語を彩るヒロイン<一日一度>*2は実にニンフ的な魅力に溢れ、解説で『ハロー・サマーグッバイ』のブラウンアイズと比べられているのも納得というべきだろう。彼女の存在が、その不在の場面においても、この物語には響き続けている。一つの出会い、旅立ち、再会、そして別れ。ある意味でこれはそういう純粋な恋の物語なのだ。
<しゃべる灯心草>が全てを知る碩学ではありえないように、読者である私たちも、この世界の全てを知ることは出来ない。文明の消失という大事件は、もはや人の口から事実を語られることもない遠い昔の出来事である。
分かるのは<天使>たちとがいた輝かしい過去への羨望であり、何かが失われてしまったという確かな感触である。それでも続いてく世界を、著者はその幻想的な筆致で描き切っていると言える。*3
祭りの後のような緩やかな怠惰の中で、私たちは一つの寓話と出会うだろう。少女の目のような鮮やかな青の下で、永遠の夏の終わりに立ちすくむ少年の寓話に。お勧め。

*1:ラッシュ・ザアト・スピークと読む。

*2:ワンス・ア・デイと読む。

*3:それが故に分かりにくいという面も存在はするのだが。